自分は自分、人は人が出来ない人
自分の価値観は長い間の経験から作り上げられてきたものです。
それが正しいと思い込んでいるだけかもしれない。
それはそれでいいのかもしれませんが、
人がやる事、言う事にいちいち自分の価値観を押し付けることはできません。
全ての事は変化していきます。
永遠に同じ場所に留まってはいません。
仏教には諸行無常という言葉があります。
全てはうつろうもの。
変わっていくものであって同じところに留まってはいないのです。
平家物語の冒頭に出てくる有名な1文があります。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵におなじ。
『平家物語』第一巻「祇園精舎」より
現代文に訳すと以下の通りとなります。
祇園精舎の鐘の音は、「諸行無常」、つまりこの世のすべては絶えず変化していくものだという響きが含まれている。沙羅双樹の花の色は、どんなに勢い盛んな者も必ず衰えるという道理を示している。世に栄えて得意になっている者がいても、その栄華は長く続くものではなく、まるで覚めやすい春の夜の夢のようだ。勢いが盛んな者も結局は滅亡してしまうような、風の前の塵と同じである。
こうあらねばならないと決めつけると行動が止まる
スペンサージョンソンの著書「チーズはどこへ消えた」は、たった100ページ足らずの薄い本ですが、変化への対応の重要性を物語形式で説き、ミリオンセラーになりました。
物語に登場する小人は苦労して、チーズの山を発見します。
大量にあるチーズは永遠に無くならないと小人は思い込みました。
やがて、チーズは減り始め、底をつくのですが、小人はそれを受け入れられません。
そんなはずはない。まだチーズは出てくるはずだとその場所から離れようとしません。
一方、同じ場所にしがみついていても仕方がないと、さっさと別の場所へチーズを探しに行くネズミがいました。
やがてネズミは次のチーズの山を探し当ててしまいます。
世の中の変化を受け入れ、自ら変わることを選択することが次の扉を開けることになるのです。
新しい事を始めれば、障害や批判は必ず起きる
それを失敗と捉えるのは本末転倒です。
うまくいかなかったり、弊害が生じると、それ見たことかと反論し、上げ足を取る人がいます。
どこかの国の野党みたいですが、それこそ天に向かって唾を吐いているようなものです。
なにもしないより、変えるために行動し失敗から学ぶ。
失敗を恐れず、行動していく中でしか、新しい道を見つけることはできないのです。
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