60歳を過ぎてあえて英会話を学んだ事の意味

今日の元

出来なかった事ができるようになる喜び

今まで身に着けたいとは思っていても、なかなか手につかなかった英語を61歳で学び始めた。

何度か海外に旅行した経験はあるが、単語を並べるだけの片言会話しかできなかったし、いつかちゃんと話せるようになって、また旅をしたいとは思っていた。

思い立ったのは半年前、コロナ禍の真っただ中で、家に籠っていてもできることは何かを考えていた時。

まずは本を買って、Youtube動画も参考にしてみたが、飽きてしまい、継続できる自信が湧かないまま時が過ぎていく。

思い切って英会話スクールに入学するとそこに待っていたのは

 

ネイティブのアメリカ人講師との週1回のマンツーマンレッスンを始めた。

月2万円と安い授業料では決してない。

 

最初は、全く会話できず途方に暮れてしまった。

 

アグネス
アグネス

しかし、このアメリカ人の先生も16年前に一人で日本にやってきて日本に住みついたのだそうで。

最初は日本語がまったく分からなかったらしい。当然だがwww

学生時代のことだそうだが、準備をしてアメリカで学んでから来日するのではなく、いきなり日本にやってきて体当たりで学んだという。

 

「だから、あなたもきっと英会話ができるようになるので頑張ろうよ!」と言ってくれた。

英語と言えども会話なのだから人と人のコミュニケーションである。

ネットや本だけではなかなか身につかないと思う。

論より証拠、生で会話してみるのが一番手っ取り早い

そのために高い授業料を払うのは自分への投資だと思っている。

週一のレッスン1時間とホームワークをとにかく続けてみたら

できなかったことができるようになる喜びということがある。

特に英語などは話せるようになった時の喜びや満足感が高いものだ。

まだまだ、流暢というにはほど遠いレベルなのは間違いないが。

とにかく口に出して話してみるということを毎日続けている。

正直、最初は苦痛だったけれど

それでも分からない単語を1個、また1個と覚えていく。

なんとなくではあるが、英語の基本的な会話の組み立て方が分かってきている感じだ。

今は必ずしゃべれるようになると決めて楽しみながらをモットーに継続している。

英会話は趣味というより、60歳を過ぎても人間は向上できることの証明だと思う。

今のところ、我慢強く付き合ってくれている先生と冗談がかわせるほどに話せる日をたのしみにしている。

カメの歩みでも直実に、でもどんどん新しいフレーズを詰め込んでいく。

会話はだらだらとやっていては進歩しない。

ある程度は速足で、1年後には日常会話位は話せるようになると決めている。

そこに、自分自身の新しい変化を見つけることができるのだ。

 

 

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